ドローナは、インドの叙事詩「マハーバーラタ」に登場する弓の名手であり、主要人物たちの弓の師匠です。
誕生
ドローナはバラドバーシャという高貴な聖仙(リシ)から生まれました。彼には母親と呼べるものがいません。何故なら、彼の出生が少し変わっていたからです。
バラドバーシャがガンジス河で沐浴中の時、河から妖艶な美女が現れたのです。彼女の名前はグリターチといい、神々や聖仙との艶聞で有名な水の精でした。そのグリターチが水の中から出てきた時に服が脱げ、セクシーな姿を晒します。妖艶な美女の姿を見たバラドバーシャは欲情し、射精してしまいました。が、とっさに容器(ドローナ)で受けとめ、そこから男の子が生まれたのです。
ドローナの名前の由来は、この容器からきています。
期待と裏切り
父バラドバーシャにはパンチャーラ国王のプリシュタという者がいて、息子のドルパダ王子とドローナは同じ兄弟弟子として仲良くなりました。
それぞれが大きく成長し、ドルパダは国王になり、ドローナも妻クリピーを迎えます。ドローナとクリピーの間にはアシュバッターマンという息子がいました。彼が小さい時、貧しかったドローナ夫妻は子供に満足にミルクを与えることができませんでした。貧しさから馬鹿にされる息子を見て、「ドローナはこのままではいけない、そうだ、旧友のドルパダに会い、武術指南役につけてもらおう」と考えました。昔、ドルパダが自分が王になったら君を助けてやろうと言っていたからです。
ところが、いざ面会するとドルパダはドローナの事など気にもとめていませんでした。昔は昔、今は今という考え方です。貧しいドローナと王となったドルパダ。立場の違い、環境の違いがあり、今更友情など片腹痛いというのです。
こうして酷い仕打ちを受けたドローナは、復讐を胸に彼の前を去りました。
パーンダヴァ兄弟との出会い
ドローナはやがてパーンダヴァ王子たちに出会います。
まだ幼かった彼らがボール遊びしている時でした。うっかりボールを井戸の中に落としてしまいます。誰も取れずべそをかいていたらドローナが、それを拾ってあげたのです。
すぐドローナは宮殿にいたビーシュマに感謝され、パーンダヴァ5兄弟たちの弓の師匠として召し上げました。ビーシュマとドローナはもともと知り合いのようで、ドローナは自分の境遇と、自分がドルパダから受けた仕打ちを話しました。これ程の弓の名手をこのような境遇に置くのは恥ずかしいと、ドローナは宮殿に招かれたのでした。
ドローナの復讐と新たな復讐
ドローナはパーンダヴァ兄弟と、その他ドゥルヨーダナやカルナにも武芸を教えました。(カルナは王族ではなかったため奥義は教えてもらえず。)そしてパーンダヴァ兄弟が強く成長すると、彼らと共にドルパダの国を攻め、ドルパダを捕えました。そして自分を侮辱したことの復讐に、ドルパダが治めていた国の半分をもらい、残りを返しました。
しかし、この復讐が更に新たな復讐の火種となりました。ドルパダもドローナへの復讐を胸に誓ったのです。そして特殊な儀式を行い、ドローナを殺すための息子ドリシュタデュムナを授かります。この時双子の妹としてドラウパディーも生まれました。このドラウパディーこそ、のちのパーンダヴァ5兄弟の共通の妻になる女性でした。
クルシェートラの戦い
マハーバーラタにおけるクルシェートラの戦いは、同族同士での骨肉の争いでした。
この戦争が勃発した時、ドローナはカウラヴァ王家のクル軍に所属していました。戦闘10日に、クル軍の総帥ビーシュマがアルジュナによって倒されます。ビーシュマは戦争を起こしたパーンダヴァ王家、カウラヴァ王家の王子たちの伯父でもありました。
ビーシュマが倒れた後の総帥を務めたのが、他ならないドローナです。王子たちの師匠であり、大軍師・大武術家の彼の前に、敵軍は成すすべもなくなぎ倒されていきます。この戦いではドローナの息子、アシュバッターマンも父と共に戦っていました。
策略とドローナの死
戦いが15日を迎えた時です。このままでは自分たちの軍が壊滅してしまうと感じたパーンダヴァ兄弟に、ヴィシュヌ神の化身のクリシュナが一計を案じます。
「ドローナからやる気を無くさせるんだ。彼の息子が死んだと言って騙そう」と。武士階級(クシャトリヤ)として、5王子は最初は反対しました。ですが、総帥でもある長兄ユディシュティラは、致し方ないこととしてその提案を受け入れます。
5王子の次男ビーマが騙し役になり、「アシュバッターマンを打ち取ったぞ」と叫びました。それを聞いたドローナは一瞬怯みましたが、息子がそんな簡単に死ぬはずはないと、なおも攻撃の手を休めませんでした。
流石に見兼ねた神々が、ドローナを説得します。もう十分戦ったではないかと。バラモンの生まれのお前が、これ以上殺生をするべきでないと。
これにはドローナも心乱されました。そして、真偽を確かめるためにダルマ神を父に持つユディシュティラに問いかけました。ユディシュティラが嘘をつくはずがない。彼が本当に息子が死んだことを認めたら、納得しようと・・・。
ユディシュティラは避けられないと覚悟して、ドローナにアシュバッターマンは死んだと告げます。もちろん、本当は生きています。ですがこれでドローナの心はポッキリと折れてしまったのです。
武器を手放したドローナ目がけ、ひとりの武将が彼の首を落としました。この彼こそ、ドローナに復讐を誓ったドルパダの息子、ドリシュタデュムナでした。
こうしてドローナは天に召されていったのです。