ユディシュティラは、インドの叙事詩「マハーバーラタ」に登場する英雄です。
誕生
ユディシュティラはパーンダヴァ王家のパーンドゥ王の長兄として誕生します。しかし、実際の父はパーンドゥではなく、法の神ダルマでした。
パーンドゥは聖なる鹿を狩りの最中殺めてしまい、性行すると死んでしまう呪いがかけられていました。幸い妻であったクンティーは、神との間に子供を授かれるマントラを持っていました。これによって生まれたのが、ユディシュティラでした。
ユディシュティラには下に4人の兄弟がいます。ビーマ、アルジュナ、ナクラ、サハデーヴァです。この五人を総称し、パーンダヴァ5兄弟もしくはパーンドゥ5兄弟と呼ばれています。
法や正義の神であるダルマ神の息子ということで、ユディシュティラは兄弟の中でも正直者として評価されています。クルシェートラの戦いでは、敵軍の総帥ドローナが、真実を見極めるために彼に答えを問う場面があります。正しき者ユディシュティラが誠と答えるなら信じようという場面です。
優しく正直者なユディシュティラ。しかし彼は従兄弟(いとこ)のドゥルヨーダナに騙され、国を追われてしまいます。
サイコロ賭博
カウラヴァ王家の王子ドゥルヨーダナの計略で、サイコロ賭博に妻や国をかけてしまっていたのです。イカサマされた賭博でしたが、誰も見破ることができませんでした。彼らには共通の妻ドラウパディーが居ましたが、彼女はドゥルヨーダナ100人兄弟の前で下着も同然の姿で晒されます。妻と他の兄弟もろとも、ユディシュティラらは13年間を匿名で暮らす羽目になってしまったのです。
この場には、カルナの姿もありました。兄弟たちには明かされていませんでしたが、実はカルナは同じ腹から生まれた彼らの兄でした。
カルナは母クンティーがパーンドゥ王と結婚する前に、太陽神スーリヤとの間に生まれた兄だったのです。そうとは知らず、パーンダヴァ5兄弟は自分たちを追放に追いやったドゥルヨーダナと親しいカルナをも憎んだのです。
血の繋がった悲しいこの兄弟たちの悲劇は、のちのクルシェートラの戦いにつながります。
クルシェートラの戦い
13年の追放生活から開けたのち、ユディシュティラらはドゥルヨーダナによって奪われた国を取り戻すためにクルシェートラの戦いに挑みます。
クルシェートラはパーンダヴァ王家とカウラヴァ王家の戦いです。ユディシュティラたちパーンドゥ王子と、ドゥルヨーダナは祖父が同じであるため、従兄弟間での戦いとなります。もちろん彼らだけでなく、様々な武将たちも戦いに名を連ねます。その中には彼らの伯父ビーシュマらの名前もありました。
この戦いで、敵対したカウラヴァ王家は全滅します。ドゥルヨーダナの親友でもあったカルナは、アルジュナによって殺されます。師匠であったドローナは、彼らの妻の兄によって打たれました。宿敵ドゥルヨーダナは、次男のビーマによって殺されました。
同族・家族感による殺し合いの末の勝利に、彼らは想像を絶する絶望を味わいます。輝かしい勝利と呼ぶには、あまりにも姑息な手を彼らが使ったからです。それは全て、ヴィシュヌ神の化身クリシュナの企みでした。
戦いのその後
国を取り戻し、彼らの治世は数十年と続きました。が、カルナが実の兄であったことを母から聞かされ、そして、武士階級(クシャトリヤ)としての田高いとは程遠い結果に、彼らは暗い顔をしていました。
ダルマ神の子として、ユディシュティラが味わった苦痛はなかなかのものだったはずです。
その後も、かれらに悲しい出来事が降り注ぎます。
親友だったクリシュナ一族の滅亡。そしてクリシュナ自身の死。母クンティーの世捨てなど。やがて彼らは国をアルジュナの孫(アビマンニュの息子パリクシト)に譲り、5兄弟と妻ドラウパディーはハスティナープラの町を出て行きます。途中、犬が6人に同行していきました。
そして6人と犬は聖地ヒマラヤに登ります。ここでは若い者から疲労のために死んでいったとあります。まず妻のドラウパディー。続いて双子のサハデーヴァとナクラ。次にアルジュナ。屈強な肉体と剛力で知られたビーマも、弟たちの後を追うように亡くなります。
最後の試練
兄弟たちが亡くなった後も、ユディシュティラは犬と一緒に上を目指しました。そして頂上に来た時、インドラ神が彼を迎えに来ました。犬と別れてこちらにきなさいと。
しかしユディシュティラは「忠実なこの犬を置いていくくらいなら、私は行かない」と言いました。それを聞き届けた犬は消えていきます。そう、この犬は実はダルマ神だったのです。彼の誠実さを試すためについて来ていたのです。
ユディシュティラは天国に連れていかれました。しかし、兄弟たちの姿はありません。神々に問うと、アルジュナたち兄弟は地獄にいると言いだします。妻ドラウパディーも、カルナもです。
宿敵ドゥルヨーダナたちは天国にいました。何故、自分たち兄弟がそんなところにいるのか問います。そしてドゥルヨーダナを非難しました。この男がいたから、自分たちは争い、妻は恥をかかされたのだ。見るのもを嫌だと。
神々は諭します。天国で罵声はいけないと。天国に憎悪は持ち込んではいけないというのです。そして、ドゥルヨーダナはクシャトリヤとして最後まで戦い認められたのだと。
そして地獄を見せられたユディシュティラは驚きます。そこには自分の兄弟、カルナ、妻、息子たちが悲痛な声を上げていました。神々の従者は早く天国に戻りましょうとユディシュティラに言います。ですが、ユディシュティラは認めませんでした。
「私一人だけ天国に行けるものか。彼らは私に忠実であっただけで、何の罪も犯していない。私はここにいます」と。
そうして一日の三分の一を地獄で佇んでいたユディシュティラ。そこにインドラ神らが迎えに来ました。そう、ヒマラヤ山山頂での試験と同じく、これもまた試験だったのだと。
彼の身内は、誰一人地獄に落ちていませんでした。カルナを含む兄弟も、妻も子達も。
試験を乗り越えたユディシュティラは、そのまま昇天します。天国では、あれほどいがみ合っていた両家の人間たちが皆笑顔で暮らしていました。戦い以降暗くなっていたユディシュティラでしたが、ここにきてようやく安らぎを得たのでした。